蛇紋岩とアスベスト

蛇紋岩とアスベスト
(株)地研 ○岡村 洋
山本 亮輔
山中 仁人
嘉茂 美佐子
森 直樹
1. はじめに
蛇紋岩は,アスベストであるクリソタイルを主要構成
鉱物の一つとする蛇紋石からなる岩石である。このため,
蛇紋岩地帯を掘削するトンネル施工により,坑内に粉塵
としてアスベストの飛散が懸念されたことから,蛇紋岩
を採取・鉱物鑑定を実施して、クリソタイルを同定した。
本報告では,蛇紋石の分析において,通常の X 線回折
の他に,赤外吸収法を用いて,蛇紋石の構成鉱物を鑑定
した結果を報告する。
2. 調査地の概要
調査地は,高知県中部に位置している。地質は,秩父
累帯黒瀬川亜帯に属し,泥質岩を基質とするオリストス
ロームが分布,その中に蛇紋岩がオリストリスとして
分布している(図-1参照)。
図-1 調査位置図1)
3. 蛇紋岩について
蛇紋岩は,主に蛇紋石からなる岩石である。蛇紋石は,
クリソタイル(クリノクリソタイル,オーソクリソタイ
ル,パラクリソタイルの3種の鉱物の総称),リザーダイ
ト,アンチゴライトの多形関係にある。リザーダイト,
アンチゴライトは板状結晶として産出,クリソタイルは
繊維状(電子顕微鏡下では筒状)結晶として産出する。ク
リソタイルは,しばしば絹糸状の集合物よりなる脈をつ
くって産出し,アスベスト製品の原料として用いられる。
4. アスベストについて
(1) アスベストの概要
アスベストは,天然に産する繊維状ケイ酸塩鉱物の総
称で,耐熱性・耐薬品性・絶縁性・防音性などの優れた
性質を持っており,建築資材から,家庭用品まで広い用
途で使用されてきた。しかしながら,1970年代初頭から
健康に対する影響が指摘され,わが国においても法が整
備され続け,2006年には,アスベストの輸入・製造等が
禁止となった(労働安全衛生規則他)。
(2)アスベストの種類
アスベストは,「蛇紋石グループ」と「角閃石グループ」
の二つのグループに分けられる。
蛇紋石グループ クリソタイル(温石綿・白石綿)
 クロシドライト(青石綿)
 アモサイト(茶石綿)
角閃石グループ アンソフィライト
 トレモライト
 アクチノライト
実用的に使用されたものは,クリソタイル,クロシド
ライト,アモサイトで,角閃石グループのクロシドライ
ト,アモサイトは蛇紋岩グループのクリソタイルより有
害性が高いとされる。
(3)アスベストの有害性2)
アスベストによる健康被害としては,アスベストを呼
吸によって吸入し,肺に達して肺がんや中皮腫(俗にいう
石綿肺)を発病させることが挙げられる。全てのアスベス
トが肺に達するとはされておらず,一般には幅が3μm 未
満,アスペクト比(長さと幅の比)が3以上のもので,特に
長さが5μm 以上のものが有害とされている。発ガン性の
傾向は,繊維幅0.25μm 付近・長さ8μm 以上で腫瘍発生,
繊維幅0.15μm 付近・長さ10μm 以上で肺がん,繊維幅
0.10μm付近・長さ5~10μm以上で中皮腫とされている。
5. 蛇紋石の判定
採取した試料はクリソタイルが主体と思われた白色を
呈する試料である。
(1) 蛇紋石の X 線回折パターン
蛇紋石の X 線回折パターンは,クリソタイル,リザー
ダイト,アンチゴライトの3種類とも12°と24°付近に大
きなピークがある。その主回折ピークからは相互の区別
ができない。違いは35~36°付近の小さなピークに現れ
るが,クリソタイルのピーク強度はリザーダイト,アン
チゴライトのピークより弱く,混在している場合には,
クリソタイルの確認が困難となる3)。
他には,アンチゴライトは,50~54°,60°付近の小
さなピークに特徴があり,クリソタイル,リザーダイト
とは区別が比較的容易にできる。しかしながら,クリソ
調査地
【68】
全地連「技術e-フォーラム2008」高知
タイルとリザーダイトのピークには,40~45°付近,
60°付近に若干の違いがあるものの,大きな差異がなく,
判別は困難である(図-2参照)。
図-2 蛇紋石の X 線回折のパターン例
(2) 蛇紋石の赤外吸収法解析スペクトルパターン
クリソタイルとリザーダイトの判別は,X 線回折だけ
では難しいことから,赤外線吸収のスペクトルのパター
ンからの判別も行なった。
赤外吸収法は,試料に赤外線をあて吸収された赤外吸
収スペクトルを測定することによって,粘土鉱物などの
同定,あるいは粘土鉱物の2八面体・3八面体型の判別や
同形置換の程度と様子,さらには粘土鉱物の必須成分で
ある水酸基の結晶内での向きなど,粘土鉱物の構造科学
的な情報を得るために利用される実験法である。
クリソタイルとリザーダイトの赤外線吸収のスペクト
ルの波形の違いは,600~500cm-1付近の波形並びに1200
~900cm-1付近にある。図-3のⅠ □ 部に示すように,600
~500cm-1付近の波形では,リザーダイトには,比較的緩
い勾配部が現れる特徴に対して,クリソタイルは,比較
的急勾配部が現れる。また,Ⅱ ○ 部に示すように,1200
~900cm-1付近クリソタイルには,3つの谷部が現れる特
徴がある。それに対して,リザーダイトには谷部は2つし
か現れない。
図-3 蛇紋石(福岡県篠栗産)の赤外線吸収スペクトル4)
(3) 蛇紋石判定結果
X 線の回折結果ならびに赤外線吸収解析結果を図-4~
図-5に示す。図より判定結果は以下のとおりである。
① 試料は蛇紋石鉱物が主体である。
② X 線回折の50°付近,60°付近のパターンより,
アンチゴライトは含まれていない。したがって,X
線回折では,蛇紋石鉱物はクリソタイルとリザー
ダイトのいずれかであると判定される。
③ 赤外線吸収解析結果より,600~500cm-1付近の勾
配,1200~900cm-1付近の3つの谷状の波形より,
蛇紋石はクリソタイルと同定される。
図-4 X 線回折結果
図-5 赤外吸収法解析結果
6. まとめ
X 線回折に赤外吸収法を併用することにより蛇紋石の
鑑定がおこなえた。アスベストの飛散が懸念される蛇紋
岩地帯を改変する箇所においては,事前に蛇紋岩の性質
を調査する方法として有効であると考える。
この論文をまとめるに当り,資料を提供していただい
高知大学正治教授に,ここに厚く御礼申し上げる。
《引用・参考文献》

1)須倉和巳・岩崎正夫・鈴木堯士共著:「日本の地質8-
四国地方-」、共立出版、pp.26,1991.6.
2)社団法人日本石綿協会 HP より引用
3)中央労働災害防止境界労働衛生調査分析センター:「左
官用モルタル混和材中の石綿含有率の測定方法等に関す
る検討会 報告書」、pp.3,2004.6.
4)日本粘土学会編:「粘土ハンドブック 第二版」、技報堂
出版、pp.31,1994.10.
A:クリソタイル
B:リザーダイト
C:アンチゴライト
リザーダイト
クリソタイル
(オーソ)
クリソタイル
(クリノ)
アンチゴライト
40 50 60
40 50 60
30 40 50 60
Chrysotile
Chrysotile(2Orc1)
G(garnet)
G
G
Ⅱ Ⅰ
1500 1000 500
2θ(°)
強度(cps