宇宙誕生の138億年前から1秒もずれない「原子核時計」実現に一歩前進、日本人が活躍する「次世代型時計」開発の意義 ニューズウィーク日本版 によるストーリー

宇宙誕生の138億年前から1秒もずれない「原子核時計」実現に一歩前進、日本人が活躍する「次世代型時計」開発の意義© ニューズウィーク日本版

(写真はイメージです) geralt-pixabay

原子核時計が実用化されれば、地球や宇宙のどんな謎が解明されるのか。超高精度な「次世代型の時計」を開発する意味とは? 時間単位の歴史を踏まえて概観する>

ヒトは、時間を客観的に確認する手段として時計を考案し、より精密に測定できるように開発してきました。人類の歴史とともに日時計、振り子時計、クォーツ時計と発展し、現在、実用化されているものの中では、原子時計が最も精度の高い時計です。

腕時計や壁掛け時計でおなじみの一般的なクォーツ時計は、誤差が1カ月で15~30秒になります。セシウム133を用いた原子時計は、最高精度のものの誤差は1億年に1秒程度です。

私たちが入手できるもの、つまり商業的に流通している時計の中で、もっとも正確に時間を刻むものは電波時計GPS時計です。これらは、電波に載せられた原子時計による正確な時刻情報を1日に数回受信して、誤差を修正できる機能を追加したクォーツ時計の一種です。誤差は、およそ10万年に1秒とされています。

ヒトの寿命の間では1秒もずれない時計が実現しているにもかかわらず、研究者たちは現在、原子時計よりも正確な「次世代型の時計」を何種も開発中です。そのうち、最高精度の原子時計よりも2~3桁少ない誤差が達成できる、つまり宇宙の始まりである138億年前から現在に至るまでの間でも1秒もずれないという超高精度の「原子核時計」は、10年内に実現可能と予測されています。

ただし原子核時計の実現には、用いられるトリウム229の時計としての利用に適した励起状態が、①何ボルトで起こって、②どれくらいの長さ続くかを調べなければなりません。今までは、①のみしか解明されていませんでした。

理化学研究所理研)香取量子計測研究室の山口敦史専任研究員や東北大、高エネルギー加速器研究機構KEK)などによる共同研究チームは、原子核時計の実現に不可欠なトリウム229のアイソマー状態(準安定な励起状態)の寿命を決定しました。研究成果は科学総合学術誌「Nature」に4月17日付で掲載されました。

超高精度な時計の開発は、なぜ待ち望まれているのでしょうか。原子核時計が実用化すると、地球や宇宙のどのような謎が解き明かされると期待されているのでしょうか。概観しましょう。

時計の開発と時間単位の歴史

正確な時計の開発は、「秒」の定義の変遷にも大きく関わってきました。

そもそも、現在使われている60進法の時間単位が考案された紀元前2000年頃のシュメールや、1日を昼12時間、夜12時間と分けた同時代の古代エジプトでは、日時計を使っていたので「秒」を正確に測ることは困難でした。

秒が表示される時計は16世紀後半から現れ、17世紀に振り子時計が作られるようになって正確性を増します。1799年には、フランス革命政府によって世界で共通の単位制度の確立を目的として「メートル法」が公布され、1秒も「1日の86400分の1」と定義されました。つまり、1日を60秒☓60分☓24時間の86400秒に分割したということです。

しかし、科学技術の発展で計測技術の精度が上がっていくと、地球の1日の長さ、つまり自転周期は、潮汐力の影響や季節変動によって一定ではないことが分かってきました。

世界共通の単位系を維持するための国際会議である「国際度量衡総会」は、1956年に1秒の基準を地球の自転周期(1日)から公転周期(1年)に変えました。「1秒は暦表時1900年1月0日12時の回帰年の31556925.9747分の1」と定義されましたが、この定義は一般の人に分かりにくいだけでなく、キリが良いという理由のみで基準点として選ばれた1900年に遡って再現実験をすることもできず、課題が残りました。

その後、国際度量衡総会は67年に、秒の定義をこれまでの地球の1日や1年を使った天文学的なアプローチから、原子の性質を使った量子力学的なアプローチに抜本的に改定しました。55年にイギリスの国立物理学研究所が実用化した「セシウム原子時計」を用いて、「1秒は、セシウム133原子の基底状態にある2つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の周期の9192631770倍に等しい時間」としたのです。この定義の「秒」は「国際原子秒」と呼ばれています。後に「絶対零度のもとで止まった状態であるセシウム原子」という条件も加えられましたが事実上不可能なので、補正して利用されています。

原子時計より外界の影響を受けにくい原子核時計

セシウムは天然にはセシウム133のみが存在するため、すべてのセシウム133原子の挙動には個体差がないものとして扱えます。国際原子秒の定義は、平たく言えば「セシウム133原子が、一番低いエネルギー状態から2段階変化するときに放射する電磁波の振動が約92億回繰り返されたときの時間の長さ」です。

最少で1億年に1秒程度の誤差とされるセシウム原子時計は、原子の外側にある電子のエネルギー状態を変えるため、環境の電磁場の影響を受ける可能性が少なくありません。対して原子核時計は、原子核内のエネルギー状態を変えるため、原子時計よりも外界の影響を受けにくく、より誤差が少なく正確な時間を刻むことができます。

事実、トリウム229による原子核時計が実現すれば、誤差は317億年で1秒程度になると考えられています。ちなみに、原子核のエネルギー状態を変えるには、通常は大きなエネルギーが必要ですが、トリウム229は唯一、他の元素の1000分の1から100万分の1のエネルギーで原子核を励起できることが以前より知られていました。

トリウム229に照射すべきレーザー光のエネルギー(トリウム229のアイソマー状態のエネルギー)は測定が難しく、長らく確定されませんでしたが、2019年にアメリカチーム、ドイツチーム、今回の研究を主導した理研の山口専任研究員らの日本チームという異なる3チームが約8.3電子ボルト(波長149ナノメートルのレーザーに相当)とほぼ同じ値の測定に成功しました。

今回、理研チームは、トリウム229をイオントラップに捕獲する装置を開発し、アイソマー状態の寿命の決定に成功しました。

これまでは、トリウム229に照射してアイソマー状態にするためのレーザー(波長149ナノメートル)の作製が困難で寿命の測定ができませんでしたが、研究チームはウラン233のアルファ崩壊でアイソマー状態のトリウム229イオンが生成される性質を利用しました。その結果、アイソマー状態の寿命(半減期)は1400(+600/-300)秒と決定しました。

研究チームは今後、エネルギー8.3eV(波長149nm)のレーザー作製と、そのレーザーでのトリウム229原子核励起の成功を数年以内に達成し、原子核時計を実現する計画を立てています。

原子核時計だけじゃない有力な次世代型時計

日常生活で使うには精密すぎる原子核時計ですが、原子時計から精度がバージョンアップすることによって、新たに得られる知見にはどのようなものが期待されているでしょうか。

最近は、宇宙の膨張によって、基本的な物理定数は宇宙の誕生から時間を経るにつれて変化しているという仮説が有力視されています。また、宇宙の膨張が重力に支配されているとすれば膨張は時間とともに減速するはずですが、1998年にIa型超新星の観測によって宇宙の膨張は加速していることが示されました。超精密な原子核時計を使えば、研究者の観測期間中に微小な差異を検出できて、宇宙の謎の解明につながる可能性があります。

さらに、アインシュタイン相対性理論では、重力が強くなるほど時間の進み方が遅くなります。原子核時計は、地球上で物体を1センチ持ち上げたときの重力変化による時間のずれも検出できると想定されています。となると、今よりもごく小さな地殻変動も検知できるようになる可能性があり、地震や火山活動につながるような変化もいち早く見つけることができるようになるかもしれません。

さらに、現在、開発されている有力な次世代型の時計は、原子核時計だけではありません。たとえば、「秒」の定義は26年か30年の国際度量衡総会で再度改められる予定ですが、基準となるのは「光格子時計」で計測した値になる見込みです。これは原子時計の一種で、セシウムの代わりに光格子を用いることで従来の原子時計の1000倍の精度を達成します。

この光格子時計の理論の提唱者で、「21世紀のノーベル賞」とも呼ばれる「基礎物理学ブレークスルー賞」を22年に受賞したのが、本研究の中心となった理研・香取量子計測研究室の代表である香取秀俊主任研究員(兼・東大大学院教授)です。

超高精度な次世代型時計の研究では、日本人が大活躍しています。138億年で1秒にも満たない誤差にこだわる研究者たちにならって、私たちもほんの少しの時間の積み重ねを意識してみたいですね。

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